Goro's blog

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新型コロナウイルスに対するmRNAワクチン

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バイオ系博士学生のGoro (@BioDr_goro) です。

自粛し,就活し,博士論文を書いていたらあっという間に2020年が終わってしまいました。

www.biodr-goro.com



みなさんはどんな今年の出来事が印象に残っていますか?

私は新型コロナウイルス (SARS-CoV-2)の蔓延が記憶に刻まれています。

不要不急の外出は自粛し,忘年会やゼミ合宿といった研究室のイベントは中止し…
人と接する機会が大きく減りました。

就活の最終面接ですらオンラインで開催されました。

良くも悪くも生活様式を変えてしまった新型コロナウイルス



さて,そんな世界中で猛威を奮っている新型コロナウイルスですが,今月中旬に2種類のワクチンが米食品医薬品局(FDA)に承認されました。
1) 独BioNTech・米Pfizerが共同開発したワクチンと,2) 米Modernaが開発したワクチンです。


この記事では今回のワクチンがインフルエンザワクチンのような従来タイプとは何が異なるかを簡単に解説します。

以下,トピックごとに分けて解説していきます。


※専門的な内容ではありません。

1. 承認された新型コロナウイルスに対するワクチン

今月,米食品医薬品局(FDA)に新型コロナウイルスに対するワクチンが承認されました。
独BioNTech・米Pfizerが共同開発したワクチンも,米Moderuna社のワクチンも,世界で初めて実用化された新しいタイプのワクチンです。
詳細は5. で述べています。

2. 従来のワクチン

従来のワクチンは,主に弱毒化したウイルスや不活化したウイルスを使っています。
見た目は本物のウイルスと一緒ですが,毒性がないように設計されています。
身近なところでいうと,インフルエンザワクチンが該当します。
投与実績が多く,副作用や効果持続期間に関する情報が蓄積しています。

3. 予防接種するとなぜ感染しなくなるのか

弱毒化されたウイルスもしくは不活化したウイルスを投与すると,免疫細胞がウイルスを「異物」として認識し抗体が産生されます。
抗体は,認識した抗原 (=異物) に特異的に結合し,生体内から追い出そうとします。
したがって,ワクチンを接種しておくと本物のウイルスが生体内に侵入してきても,感染しないか症状が軽くなります。

ただし,この抗体は抗原に対する特異性が高いため,違うウイルスには効力を発揮しません。
抗体は「鍵」,抗原は「鍵穴」によく例えられます。
せっかく鍵を作っても,鍵穴の形が変わってしまったら鍵は挿さりません。
残念ながらウイルスは進化速度が早く,小さな変異を繰り返しています。
「英国から日本に持ち込まれた新型コロナウイルスが変異株だ!」と騒がれていますね。
変異が小さければ,ワクチンとして接種したウイルスの型と完全一致しなくても抗体は鍵として機能しますが,変異が大きいとワクチンは働かなくなります。

4. 新型コロナウイルスに対するワクチンの作用機序

新型コロナウイルスの遺伝子情報を全部解析し,どこの箇所がウイルスの突起部分の情報をコードしているかを明らかにしました。
突起部分はウイルスの手足に相当します。
この手足を使って細胞を捉え,ヒトの細胞に付着・侵入し感染をします。

次に,突起部分の遺伝子情報のみをヒトの細胞内へ送り込むと,細胞内で突起部分だけが合成されることが発見されました。
産生された突起部分はすぐに異物と判断され,突起部分に対する抗体が作られます。
突起部分は鍵穴に相当するので,ここに抗体 (鍵) を差し込むことで感染を防御できます。
つまり,

a) 感染に必須な新型コロナウイルスが持つ突起部分の遺伝子情報をヒトの細胞内に運搬
b) ヒト細胞が新型コロナウイルスの突起部分を産生
c) 産生した突起部分に対する抗体が産生
という流れで免疫反応が生じます。

5. 今回と従来のワクチンの違い

従来のワクチンは,主にウイルスそのものを使っています。
一方で今回開発されたのは,ウイルスの遺伝子情報を記録したmessenger RNA (mRNA) を活用した新しいタイプのワクチンです。ウイルスは使っていません。

ウイルスを使った従来型ワクチンでは,手間と時間がかかります。
ワクチンとして生産するためには,ウイルスを大量培養しなければいけません。
鶏の卵を使って生産する方法が主流です。
培養しているうちに変異を起こす可能性もあります。
遺伝子情報をベースとしたワクチンであれば上記のような問題点ありません。
mRNAは人工的に合成できるので,鶏に卵を生ませる必要はなく,変異の心配もありません。

6. mRNAワクチンの画期的なポイント

mRNAワクチンはいいこと尽くめではありません。
もしそうだったら,実用化はすでにされていたはずです。

「どうやって細胞内にmRNAワクチンを届けるか」が最大のハードルでした。
人工合成したmRNAをそのまま投与しても,ヒトが持つRNaseという酵素によってすぐに分解されてしまいます。
そこで今回は脂質ナノ粒子 (lipid nanoparticle: LPN) でmRNAをコーティングしました。
すると,RNaseの目を掻い潜ることができて,無事に細胞内へmRNAワクチンを届けられるようになりました。

7. mRNAワクチンの課題

感染を防ぐ割合は9割を超えているので,薬としての効力は申し分ありません。
ただ,mRNAワクチンは非常に不安定なので,低温で輸送する必要があります。
独BioNTech・米Pfizerが共同開発したワクチンは-70°C,米Moderuna社のワクチンは-20°Cが保存温度です。
また,全く新しいタイプのワクチンなので,副作用や長期的な効果は確かめられていません。

8. mRNAワクチンの開発が示唆する未来

基礎研究のレベルではありますが,mRNAを使ったワクチンは数多くの抗原を対象として開発が進められています。
ウイルスだけではなく,感染症を引き起こす細菌や,がん細胞も対象です。

ただしいずれの場合も,「どうやって目的の細胞に届けるか」がハードルとなっています。
今回のmRNAワクチンの成功を皮切りに,他にも遺伝子情報を使った治療薬の開発スピードが上がっていくのではないかと予想しています。